夢の終わりに

第 14 話


俺が使っていた寝床を明け渡すと、そいつは死んだように眠った。そりゃそうだ、あの嵐の中歩くなんて無茶をしたのだ。気合でここまでたどり着いたけど、心身ともに限界だったに違いない。こいつが目を覚ましたのは嵐が過ぎ去ってだいぶ時間がたってからだった。ここで足止めされていた他の旅行者たちは、嵐が過ぎると同時に散って行ったから、今いる客は俺たちだけだ。
嵐が去ったのは昼を少し過ぎた頃で、移動するにはそう悪い時間でもなかったが、俺は残る事にした。理由は当然、スザクそっくりの若者だ。
別人だって分かっている。
それでも今夜一緒に酒を飲むぐらい付き合ってもらえないか、せめて一緒に飯でも食ってくれないかと思って。だって、あいつといるとあの頃の・・・まだみんなが生きていた日々が、まるで昨日の事のように思い出されたから。もう少しだけ、ほんの少しでもいいから話をしたかった。
まあ、その願いはすぐに叶えられた訳だが。
目を覚ましたあいつはそれはもう何日も絶食していたのか?と思うぐらい食べた。びっくりするぐらい食べた。寝起きで食堂に行ったかと思えば、軽く10人前ぐらい腹に収めた。「一緒に食べていいか?」と聞けば「・・・うん、いいよ」と返してくれたから俺も少し遅い昼を食べた。だから一緒に食べるという願いの一つは早々にかなえられた訳だ。相手は食べるのに夢中で、会話なんて全然なかったけれど。
食事を終え、一息ついてから俺は話しかけた。

「いやー、お前凄いな。あれだけの量、どこに収まったんだよ」

見た目は細いのに、あの量がこの体のどこかに収まっているのだから凄い。俺なら3人前でギブアップだ。・・・いや、これは30代で時間が止まったせいではないはずだ。

「え?あのくらい普通だよ?」

キョトンとした顔で言ってくるが全然普通じゃない。
こいつは痩せの大食いだ。そうに違いない。若さだけじゃないはずだ。

「それで、えーと、あ、俺リヴァル。お前は?」

突然名前を聞いてきたおっさんに、若者は驚いたような顔をした。これが女性相手ならナンパだよなナンパ。しかも相手の食事に無理やり割って入ってるから性質の悪いナンパだ。
俺は男に興味は無いが、今の世でその手の話がどうなってるかはよく解らない。警戒されたか?と一瞬肝を冷やしたが、相手は迷った末に名乗ってくれた。

「・・・僕はスザク。よろしくリヴァル」

にっこりと、あの作り笑いを浮かべたスザクはどう考えても警戒していた。・・・ん?スザク?と俺は思い至り、盛大に頭を混乱させた。

「え?へ?スザク?」

そんな俺に気づき、相手は盛大に顔を歪めた。

「あ、すまん、悪気は無いんだ。えと、その」

絶賛大混乱中の俺は、何を言えばいいのかさっぱり分からなくなっていたが、スザクは困ったように笑って「気にしないで」といった。

「うん、そういう反応されると思ってた。茶髪で癖っ毛の日本人ってだけでも、悪逆皇帝の騎士みたいだってよく言われる。目の色も緑だしね」
「えと、その、」
「・・・どうして僕の父はこの名前つけたんだろうってよく考えるんだ」

まあそうだろう。
ブリタニア人で言うならルルーシュ、日本人で言うならスザクは忌み名として滅多に使われる事の無い名前になっていた。あれだけのカリスマだから、中には信者みたいな連中もいて、世界を支配した皇帝と騎士の名前を我が子に、なんて人も少なからずいるからゼロではないが、圧倒的に少ない。悪魔とか死神って名前をつけるようなものだ。

「あ、でもうちの親は悪逆皇帝の信者じゃないからね?」

まるでこちらの考えを読んだかのタイミングでされた否定に、あー、やっぱこの手の反応はよくあるんだろうなと同情した。
随分昔の・・・それこそまだみんなが生きていた頃の話だが、ルルーシュもスザクも美形すぎて、ファンというか信者が根強く残り、ルルーシュを悪逆皇帝と呼ぶのは敵対していた国だ。彼は賢帝で、もしテロリストの凶刃に倒れることなく世界唯一の王として君臨し続けたなら、きっと今以上に幸せな世界となっていただろう・・・なんて考えてるやつらも、一定数いた。俺から言わせれば、結局あの二人の見た目が好みで、その刹那的な生き様もかっこよく見えたから熱狂的な信者が量産されたのだろう。そして、自分たちが好きな人物が悪だったと認めたくなかった。そんな連中だった。
そこで、超合集国はルルーシュとスザクに関するあらゆる記録、あらゆる肖像を消し去った。
あの二人に関わる写真などを持つ事も、ネット上に残す事も、当然本に印刷する事も、絵画として描く事もすべて禁止され、今では二人は美形だったことと、その容姿の特徴と名前ぐらいしか知られていない。
あの時はどうしてそこまで?と思ったが、こうしてそっくりさんを目の前にすれば、当時の政府はよくやったと手放しで称賛したい。下手をすればこのスザクはいじめどころか、似ているという理由だけで犯罪に巻き込まれかねなかっただろう。怖い怖い。

「あー、大丈夫。そんな事考えてもなかった」
「そう?それならいいけど」
「で、スザクはこの後、どこに行くんだ?」

そう言って俺はテーブルにこの周辺の地図を置いた。
この話題はさっさと変えるに限る。

「そう言うきみは?」

おっと、そう来たか。
探るような視線に、そりゃ怪しまれるよなと反省した。
スザクがどっちに行くかで、俺もそっちなんだと話を合わせれば、うちょっと一緒にいれるかと思ったんだが。この手の顔は女だけじゃなく男にも好かれるだろう。おっさんにナンパされてると思ってるかもしれないから仕方ない。諦めよう。スザクに似た若者がこの世界の何処かで生きているってしれただけでもラッキーなんだから。

「俺はこっち。先日までここにいてさ、ここをこう行こうと思ってるんだ」
「あ、僕もそこに行くつもりだったんだ。奇遇だね」

あっさり行き先をばらしたスザクに、お?警戒されてない?おじさん怪しい人になってない?OK?と内心ドキドキした。

「へー、そっか。スザクはいつ発つんだ?」
「きみは?」

おい、またかよ。
やっぱり警戒されてるのかな?
まあ、不老不死の生きた死体だから、警戒されるネタは十分あるんだけどさ。それとも俺の言動はズレてるんだろうか?軽く100歳以上年が離れてるから、おじいちゃんと孫の会話がかみ合ってない的なやりとりで引かれてるのかも?

「俺は、明日の朝」
「今日出れば明日の朝一でここの船、乗れたんじゃないの?」

大河を超えるためには船に乗る必要がある。
スザクはトントンと地図上の川を叩いた。

「だってさ、あの嵐だぜ?ここからこの町までの道だってどうなってるか解らないじゃん?通行止めだったら引き返すことになっちゃうし、それなら1日様子見て、明日の朝にでも発った方が利口だろ?」

行き止まりなら、先に発った連中が引き返してくるからと、一応用意していた嘘を口にする。あの嵐だから倒木やがけ崩れなんかで道路が寸断しててもおかしくは無いからあながち嘘とは言えないけど。

「それもそうか。リヴァルは頭がいいね」

先ほどよりも砕けた表情でスザクは笑った。
リヴァル。
その名前を、かつての友人とそっくりの人に呼ばれ、危うく涙腺が崩壊しかけた。おい落ち着け俺。年齢三ケタだろう。年齢2ケタの前で泣いてどうする!と、どうにか抑えたが。

「それに台風はこっちからきただろ?昨日の今日で川も増水してるかもしれない」

水量によっては舟は出ないから足止めされる。

「そっか、あっちの方が宿とか高いもんね」
「そうそう、あっちはここと違って観光地だから、1日足止めでも懐がさ」
「うん、わかるよ」

観光地の宿は、この宿の何倍もする。シェアしても高い事に変わりは無いからバックパッカーには痛い出費だ。出来る事なら明日の始発の乗合バスでここを出て、明日中に船に乗って対岸に行ってそこで1泊。

「そうだね、僕もそうしようかな」
「お、じゃあ暫くは一緒に行動しようぜ?旅は道連れって言うだろ?」
「そうだね、宜しくリヴァル」

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